
2026.03.05 卓話:「その口内炎、本当に大丈夫ですか?」 岡崎市民病院歯科口腔外科統括部長 齊藤輝海先生・会長あいさつ
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卓話者の紹介:南君
皆様、こんにちは。プログラム委員長の南です。「その口内炎、本当に大丈夫ですか?」と題し、岡崎市民病院歯科口腔外科統括部長 齊藤輝海先生をお迎えしました。かつてのタバコのお話に続き、今回は口腔がんについてです。数年前にタレントの堀ちえみさんの件で話題になりましたが、口腔がんは舌や歯肉に発生するがんの総称で、近年は高齢化の影響で50歳以上を中心に増加しています。初期は痛みが少なく、口内炎と見逃されやすいのが非常に怖い点です。本日は、早期発見の重要性や、自分でできるセルフチェックのポイントを分かりやすく解説していただきます。
齊藤先生は私の大学の先輩で、実は昔馴染みです。かつては伊賀町界隈で夜遅くまで飲み明かし、山盛りの「伝串ピラミッド」を囲んだ仲でもあります。現在は統括部長としてご活躍の先生、どうぞよろしくお願いいたします。
卓話:「その口内炎、本当に大丈夫ですか?」 岡崎市民病院歯科口腔外科統括部長 齊藤輝海先生
皆さん、こんにちは。ただいまご紹介を預かりました、岡崎市民病院歯科口腔外科の斉藤でございます。本日はこのような卓話の機会をいただきまして、南先生、また会長さんはじめ、皆様に厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。
南先生からは、非常にお恥ずかしい過去のお話を暴露されまして、ちょっと今、動揺しておりますけれども。まあ、あの『新時代』の伝串、あれは確かにおいしいんですけどね。えー、最近ちょっと、あの、脂っこいのがきつくなってきまして。まあ、あの、今日のお話にも通じるんですけど、やっぱり健康が一番だなというふうに思っております。
さて、本日のテーマでございますが、『その口内炎、本当に大丈夫ですか?』ということで、口腔がんのお話をさせていただきます。皆様、お手元に資料をお配りしておりますので、適宜そちらもご覧いただければと思います。
先ほど南先生からもお話がありました通り、数年前に堀ちえみさんが公表されたことで、この『口腔がん』という言葉、ずいぶん一般的になったかなという印象を持っております。ただ、実際にどういうものか、どういうふうに見つかるのか、というところまでは、なかなかまだ浸透していないのが現状でございます。
口腔がんというのは、文字通りお口の中にできるがんでございます。舌であったり、歯ぐきであったり、頬っぺたの裏側であったり。実は、お口の中ならどこにでもできる可能性があるんですね。で、一番の厄介な点は何かと言いますと、初期の段階では、痛みやしびれといった自覚症状がほとんどない、という点に尽きます。」
多くの方が『ちょっと口内炎ができたかな』『放っておけば治るだろう』ということで、しばらく様子を見てしまわれる。ところが、2週間、3週間経っても一向に良くならない。それでようやく重い腰を上げて受診された時には、すでにかなり進行してしまっている、というケースが後を絶ちません。
口腔がんは、進行しますとお食事や会話、つまり私たちが生きていく上で非常に大切な機能に大きなダメージを与えます。しかし、早期に発見することができれば、お口の機能を維持したまま治すことが十分に可能な病気でもあります。
本日は、実際の症例の写真などもお見せしながら、どのような点に注意すればいいのか、また、ご自身でできるチェック方法についても具体的にお話ししていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
会長あいさつ
皆様、こんにちは。先日のインターシティ・ミーティングにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。例会会場の竜美丘会館周辺でも、葵桜が満開の時期を過ぎようとしており、すっかり春の気配が整ってまいりました。
季節の行事には、その土地ごとに受け継がれてきた風習があります。例えば、この地方のひな祭りに欠かせない「伊賀饅頭」です。私はかつて、これは日本全国どこでも食べられているものだと信じて疑いませんでした。ところが結婚して最初のひな祭りのこと、食卓の伊賀饅頭を見た連れ合いが放った「何これ、食べ物なの?」という言葉に、私は言葉を失うほどの衝撃を受けたのです。飛騨の高山出身である連れ合いは、それまで伊賀饅頭を見たことも聞いたこともなかったのです。驚いた私は、すぐにお菓子屋さんに尋ねに行きました。そこで初めて、あの独特な形や由来がこの地方固有のものであり、諸説ある興味深い歴史を秘めていることを知ったのです。名古屋などの尾張地方には、同じように米粉を型に入れて作る「おこしもの」という文化があるように、地域ごとに独自の祈りの形が存在します。しかし残念ながら、こうした文化は時代の変化とともに失われつつあります。何百年も受け継がれてきた風習には、人々の生活に対する切実で大切な願いが込められているはずです。それらが見向きもされず消えていくことは、私たちの「人間の本質」に関わる大切な何かを見失うことと同じではないでしょうか。文化の継承について、皆様はどのようにお考えになりますか。